日本の土足禁止の歴史!学校で上履きの理由やデザインの背景に迫る!

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学校生活の必需品のひとつ、上履き。

何気なく使用していた人も多いと思いますが、

どうして学校では靴を履き替えるのでしょう?

 

家では下履きを脱いで靴下のまま過ごすし、

お店屋さんではそもそも下履きを脱ぎませんよね。

学校でだけ靴を履き替えるというのは、考えてみれば不思議な文化です。

 

家の外と中で靴を履き替えるのは、日本独特の文化です。

対して西洋をはじめとした外国では、

家の中も外も同じ靴で過ごす「一足制」がとられています。

 

日本でも近代になると、

建物の中でも靴を履く文化が取り入れられるようになりました。

 

しかしながら、いきなり中と外の境界を取り払うのは

日本人には受け入れ辛かったので、

百貨店や学校では靴を履き替える「二足制」を採用したのです。

 

また学校に専用の広い昇降口が作られ始めたこと、

シューズメーカーが上履き用の布とゴムを組み合わせた履きやすい靴を開発、

大量生産し始めたことも関係し、

靴を学校の外と中で履き替える文化は一気に定着していきました。

 

今回はこの外では下履きを履き、学校で上履きを履くという、

「二足制」の文化が定着するまでの歴史を紐解いていきます。

 

 

学校で上履きを履く理由やきっかけとは?それまではどうしていたの?

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日本における学校とは、はじめはお寺や一般家屋を転用した建物でした。

昔の日本では、家の外では草履や下駄、中では裸足や足袋のまま過ごしていました。

 

10世紀ごろに描かれた絵巻物には、

寺の縁側に揃えて脱がれた複数の草履が登場しています。

子供たちを集め、履物を脱いで家に上がり、手習いが行われていたのでしょう。

 

明治5年の学制発布によって、

近代的な学校制度が始まり、一気に学校数が増えました。

しかしながら急に沢山の建物が必要になったため、

まだまだこの頃も家屋の転用が多かったのです。

 

当時の建物の記録では玄関に「すのこ」があり、

ここで下履きを脱いでいたと考えられています。

 

建物が和風であったこともあり、

はだしや足袋のまま畳や板張りの床に直接座り、

先生の話を聞いていたのでしょうね。

 

現在の学校に比べてずいぶんと雰囲気が違いそうですね。

 

学制の普及とともに、近代的な建築様式を取り入れた学校も、

続々と建てられ始めました。

椅子に座って授業を受ける様式が取り入れられ、

学校での生活様式も西洋風になっていったのです。

 

先ほども触れたように、

西洋では家の中でも下履きを履いたままでいる「一足制」がとられています。

 

しかしながら、日本の学校建築や生活様式は

まだまだ和の要素をいくらか残したままでした。

そのため子どもたちが下履きのまま過ごすと、

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雨や雪、泥などで汚れてしまい衛生環境を保つのに問題があります。

 

そこで、西洋文化を取り入れたいという考え方と、

当時の和洋折衷な建築環境の折衷案として、

靴を履き替える「二足制」が採用される運びになったのです。

 

このとき外で履くものを「下履き」、

中で履くものを「上履き」と呼ぶようになりました。

また、このころから、学校の玄関がどんどん広くなり、

「昇降口」と呼ばれるようになります。

 

沢山の子どもたちが同時に靴を履き替えるには、

ある程度の広い場所と靴を置く棚が必要です。

 

当時の政策により広い場所に作られやすかった学校では、

計画的に大きな昇降口が作られたため、

靴を取り換えて過ごす文化はますます定着していきました。

 

昇降口が二足制を普及させたという証拠に、

学校を建てる土地が小さかった神戸の学校では、

長い間、靴下だけで学校生活が送られていたという記録もあります。

 

対して、百貨店など土地の限られたところでは、

西洋と同じ下履きのままのスタイルが受け入れられるようになりました。

土地の広さで日本人の靴に対する考え方が変わっていたとは、驚きですね。

 

 

上履きの今昔!学校で現在のバレエシューズが一般的になった時期は?

学制が発令されたのち、

学校で使われ始めたばかりの上履きは、

つま先部分がすべてゴム製の「前ゴム布靴」と呼ばれるものでした。

 

現在の上履きで多く使われている、

バレエシューズ(ゴム紐で足に固定する靴の形)になったのは、1960年頃です。

ダンスのバレエで使う布製の靴に着想を得て作られたため、

この名前になっています。

 

これは足を差し入れるだけで簡単に履くことができるので、

子供が頻繁に脱ぎ履きする靴としては画期的でした。

 

そのため各運動靴メーカーが揃って、

「上履きに最適」というキャッチコピー付きで、

この形を大量生産するようになりました。

 

このような経緯で全員が同じものを統一して使えるようになり、

「上履きといえばこの形」という現在の形が定着したのです。

 

 

まとめ

学校生活の相棒としてなくてはならない上履きですが、

その歴史は日本の建築や教育の発展と大きく関係があったのですね。

 

身近な小物でも、その歴史を知ることで、

さらに愛着がわくような気がしますよね。

 

お子さんにも是非教えてあげて、大切に使えるようにしてあげられるといいですね!

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