疫病のペストをわかりやすく!感染経路や日本上陸はなぜか等の歴史!

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あなたは感染症と聞くと、どんな病気を思いうかべるでしょうか。

 

これまで天然痘やポリオ、マラリアや破傷風等、

多くの感染症が地球上で流行し、多くの命が失われてきました。

そんな世界中に数ある感染症の中でも、

ペストはとても知名度の高い病気ではないかと思います。

 

14世紀のヨーロッパでの流行では人口の三分の一がペストによって失われ、

皮膚が黒くなることから黒死病とよばれ恐れられていたそうです。

 

ペストはペスト菌という細菌により引き起こされる感染症の1つで、

人間に感染すると無治療の場合は命に関わる、とても強い毒性をもっています。

ただ、今ではペストの治療には抗菌薬が非常に有効だと分かっていて、

早くに治療さえすればもう昔のように怖い病気ではないそうです。

 

さてそんな恐ろしい感染症であるペストですが、

どのような経路で感染するのでしょうか。

大きく分けて3つの感染経路があるようですので、

詳しくみていきましょう。

 

 

ペストとはどんな病気かをわかりやすく!感染経路や3つの分類!

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ペスト菌は本来、ネズミなどのげっ歯類の間を、

ノミが媒介するという感染サイクルを形成しながら存在しています。

そして人間が偶然、ペスト菌を保持しているネズミなどに接触したり、

感染したノミにかまれたりすることで発症します。

 

またペストに感染した患者の体液や血液に触れたり、

後ほど説明する肺ペスト患者の近くにいるだけでも、

感染する可能性もあるそうです。

 

ペストは感染経路の違いから以下の3つに分類されます。

 

腺ペスト

全体の80~90%を占めるのがこの腺ペストです。

ノミにかまれたことで感染、

かまれた部分に近いリンパ節にペスト菌が感染します。

 

リンパ節がテニスボールほどの大きさに腫れあがったり、

突然の高熱や頭痛、悪寒や筋肉痛をともないます。

また皮下出血もおこり、この皮下出血が黒ずんで見えることから、

昔は黒死病と呼ばれていました。

 

敗血症型ペスト

ペスト患者のうち約10%を占めるのが敗血症型ペストです。

傷口などからペスト菌が直接血液内に侵入し、

全身に広がり急激なショック症状を起こしたり皮下出血も体全身に生じます。

死亡率もとても高いと言われているようです。

 

肺ペスト

敗血症型ペストの感染や、

腺ペストが進行してペスト菌が血中に侵入することにより、

ペスト菌が血液から肺の中へ逆流して起こるのがこの肺ペストです。

ペストの中でも最悪の病態といわれていて、重症な肺炎によって死に至ります。

 

また、肺ペストに感染している患者の咳や痰の中には、

小さな水滴(エアロゾル)に包まれているペスト菌が含まれています。

 

周囲の人がこのエアロゾルを吸い込むことで、

触接的に肺ペストを発症する可能性も考えられます。

 

 

最古はローマ帝国?ペスト流行やパンデミックの歴史を時代と国別で!

ペストという病気がいつから私たち人間社会で感染症として認知されていたのか、

実は明確には分かっていません。

 

古代エジプトの時代から人類を苦しめていた…何ていう説もあるそうです。

 

そんな中、記録に残る最古のペストは541年~542年にかけて、

ユスティニアヌス1世の統治下にあった東ローマ帝国での流行です。

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この大流行は約200年続いたとされていて、

1億人以上の死者を出したともいわれています。

 

さらに1348年~1420年頃には、中世ヨーロッパで大流行が起こりました。

この流行は、もともと当時のモンゴル帝国が支配していた中国大陸で、

最初に発生したともいわれているそうです。

 

モンゴル帝国は多くの地域や国を支配していたため、

ペストは中央アジアや中東・北アフリカにも拡大し、

世界的なパンデミックへとつながりました。

 

そして1347年、シチリア島の港町にやってきた、

ジェノヴァ商人の船に積んであった毛皮に、

ペスト菌を吸血したノミが付着していたことから、

またたくまにヨーロッパに感染が拡大していったのです。

 

特に感染発生地のイタリアでは、北部で住民が全滅する町も出ていたといいます。

 

当時はまだペスト菌という原因さえ分かっていなかったので、

宗教や迷信を前提にした考え方が主流でした。

なぜペストにかかるのか、どうやったら治せるのか、市民は何も分からず、

ただペストが他の地へ移動していくのを待つことしかできなかったでしょう。

 

最初はたった数匹のノミが感染しただけなのに、

その後何万人という人々の大切な命が失われていったというのは、

本当に痛ましいことですよね。

 

 

ペストの日本上陸はなぜ?流行を抑えた「北里柴三郎」が菌の発見者?

ペストと聞くと、「外国で流行した病気でしょ?」と思う方がいるかもしれません。

実は、日本でも過去に大きな流行があったという記録が残っています。

 

1894年に香港でペストの大規模な感染がおこり、世界へと広がりました。

そしてその5年後の1899年、ついに神戸にペストが上陸したのです。

 

この時、香港でペスト菌の発見に成功していた北里柴三郎は、

日本での大流行を予測し、多くの防御対策を講じていました。

  • 上下水道の整備
  • 患者の隔離
  • 地域の消毒
  • 船舶や列車の検疫

 

そしてより力を入れ徹底的に行ったのが、

ペスト菌の感染源であるネズミの駆除です。

 

駆除するだけではなくネズミを退治するためにネコを家で飼うことを推奨したり、

ネズミが家の中に入れないようにする方法や、

ネコが自由に家へ出入りできる方法など、

細かくペスト予防の具体的な方法を指導したそうです。

 

その効果もあり、1899年にペストが日本に侵入してから1926年までの27年間で、

2,420人の犠牲者を出しながらも日本のペストは終息しました。

 

 

まとめ

今回ペストの歴史を調べていて、

今まさに世界で起きているコロナウィルスのパンデミックに、

非常によく似ていると感じました。

 

最初は小さな動物から始まり、少しずつ感染範囲が広がり、

世界的なパンデミックに陥っていく。

 

高度な技術や医療が発達している現代でさえ、

この先自分たちはどうなってしまうのか…

という不安や恐怖に押しつぶされそうになってしまいますよね。

 

そんな中でも、1人でも多くの命を救いたいと、

危険を顧みずに医療現場にたつ人々が存在するのは、

今も昔も変わらないんだな、とも思いました。

 

歴史と同じようにきっといつかコロナの感染流行にも終わりがやってくる。

ペストの歴史を知ることで私はそう思うことができました。

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