圧巻の色彩の謎を解説!中尊寺金色堂が世界遺産になった歴史や理由!

レビュー

スポンサードリク






あなたは岩手県平泉町を訪れたことがありますか?

平安時代末期に奥州藤原氏が本拠地を構えていた町として、非常に有名ですよね。

 

平泉には藤原氏ゆかりの寺院・庭園が数多く残されており、これら一帯は平泉の文化遺産として世界遺産にも登録されているんですよ。

その中でもやはり有名なのは、中尊寺金色堂ではないでしょうか。

 

中尊寺金色堂は平安時代、奥州藤原氏初代清衡公が建立した寺院です。

中尊寺創建当時の姿を今に伝える、唯一の建物なんですよ。

 

ところで中尊寺金色堂を含む平泉の文化遺産は、なぜ世界遺産に登録されたのでしょうか?

日本にたくさんある文化遺産の中で選ばれたのですから、何か特別な理由があるのかもしれません。

どうやらそこには、仏教の教えである浄土思想に基づいた町づくりが大きく関係しているようです。

 

詳しく見ていきましょう!

 

 

中尊寺金色堂を有する平泉が世界遺産に選ばれた理由!こんな歴史的背景もあった!

スポンサードリク

浄土思想とは、仏教の教えによって平和な世界を創ろうという考え方です。

中尊寺金色堂を含む平泉の文化遺産は、この浄土思想の考え方に基づいて作られた世界観や、それに基づく建造物が高く評価されたことで世界遺産に登録されました。

 

平安時代、東北地方では戦乱が長く続き、大勢の人々が亡くなったと言われています。

そういった戦乱のさなか、敵も味方も関係なく全ての生きとし生けるものが平和に暮らすことのできる理想的な社会(仏土国)を創りたい、清衡公のそういった想いから平泉には多くの寺院や庭園が造られていきました。

 

清衡公の生い立ちは複雑で兄弟・親族間の争いが絶えず起こり、近親者の死を目の当たりにしてきたそうです。

そして合戦のさなか館に火を放たれ、その時に妻子をも失ってしまいます。

こういった自分の半生を省みた時に、仏教の教えによって全ての人が苦しみのない安楽な世界を創りたいと考えたのでしょう。

 

中尊寺金色堂は清衡公が取り組んだ浄土思想に基づく町づくりにおいて、特にその精神的な中核として作られた最初の寺院です。

金箔でおおわれた外観、当時の最高技術をほどこされた建築様式、阿弥陀如来が住む極楽浄土の有様を具体的に表現しようとした清衡公の心情が伝わってきます。

 

中尊寺金色堂をはじめとする浄土思想を表現した建造物や庭園、清衡公が目指した誰もが平和で暮らせるような仏教の教えに基づいて作られた世界観、こういった点が高く評価されて平泉は世界遺産に登録することができたんですね。

 

 

中尊寺金色堂を有する平泉はいつ世界遺産に認定された?中尊寺金色堂の歴史とは?

スポンサードリク

中尊寺金色堂を有する平泉が世界遺産に登録されたのは、2011年6月26日。

日本で12番目の世界遺産として登録されました。

 

平泉は2008年に1度、世界遺産の登録を実は見送られています。

登録の見送りは当時日本では初めての出来事だったため、地元住民の皆さんはさぞかし悔しい思いをしたでしょう。

 

しかし文化庁は諦めずに、3年後の2011年に再挑戦をしました。

大勢の努力がようやく実り、世界遺産登録にこぎつけたんですね。

 

世界遺産に登録された平泉の中でも、特に有名なのが中尊寺金色堂です。

 

中尊寺は嘉祥3年(850年)、比叡山延暦寺の高僧・慈覚大師円仁(じかくだいしえんにん)によって開山されたと伝えられています。

その後天治元年(1124年)、奥州を統一した豪族・藤原氏の初代清衡(きよひら)が、争いのない平和な世界を目指そうとして金色堂を完成させました。

 

清衡の浄土思想を受け継いだ二代基衡(もとひら)・三代秀衡(ひでひら)の治世には、豊かで華やかな黄金時代が続いたそうです。

しかし四代泰衡(やすひら)が後を継ぐと、源頼朝の欧州合戦によって滅ぼされてしまいました。

 

鎌倉時代に入ると、藤原氏という後ろ盾がなくなってしまった中尊寺は徐々に衰退していきます。

建武4年(1337)には火災で多くの建物が焼失、金色堂は幸いにもその難を逃れることができました。

 

1960年代には大きな解体修理が行われ、その後もたびたび補修を加えながら中尊寺金色堂は現在まで、その優美な姿で私たちの目を楽しませてくれています。

 

 

まとめ

実は中学生の頃、家族旅行で東北に行った時に中尊寺を訪れています。

平泉にある色々なお寺や遺跡をまわりました。

当時はお寺なんかに興味はなく、つまんないなぁと思っていましたね。

 

しかしそんな私でも、中尊寺金色堂のきらびやかな姿は強烈に覚えています。

藤原氏三代のご遺体が安置されているからなのでしょうか、どことなく神聖な空気を感じました。

 

日本古来の建物は確かに価値がありますが、知識もないまま眺めていても「古い由緒ある建物なんだろうな」くらいの感想しか出てきませんよね。

歴史的背景や当時の人々の想いを知ることで、本当にその価値を感じることができるんだなと、今回非常に勉強になりました。

 

自分の幸福だけを追い求めるのではなく、敵も味方も関係なく全ての人々が幸せであってほしいという清衡公の思想は、平和を望む私たちの願いと全く同じですね。

 

そういったところも、平泉が世界遺産に登録された要因なのかなぁとふと考えました。

藤原氏の歴史や中尊寺金色堂が建てられた背景を知った今、もう一度平泉の地を訪れてみたいですね。

スポンサードリク






スポンサードリク






レビュー
うめをフォローする
暮らしのお役立ちブログです!